イメージの浮遊する空間   
福岡市博物館学芸課長
                   中山 喜一郎
1.ものと記号のあいだ・平面的立体
10年来続けられている「方法としてのカッフェマッキナ」では、エスプレッソ・コーヒーのための機械が、真上から、真横から、断面から、あらゆる角度と深度から描かれる。本来が機械であるものを、整然と幾何学的に描いているため、絵画というよりは図に近い。また、透明感のある顔料を用い、滑らかで均質で、筆触を消されたマチエールによって、それらはまったく厚みを感じさせず、影のような印象を与える。鰕澤達夫の目は、カッフェマッキナをフィルム上の映像にして、支持体(板に大理石の粉末を幾層にも塗り重ねたもの)の表面に投影しているようだ。そこでは、機械が設計図に戻されるように、立方体が平面にされる。 しかし、「方法としてのカッフェマッキナ」という作品の題名を知らなければ、そこに描かれたものがエスプレッソ・コーヒーの機械なのだとは誰も理解できないだろう。むしろ、見たことのない機械的なイメージ、あるいは丸いロボットたちが戯れているさまを連想するかもしれない。この絵画は、現代美術の文脈で言う「もの」の「記号化」に近い表情をもっている。しかし、今述べたようなイメージ、機械的であると同時に遊戯的、さらにどこかはかないイメージを換起する力を持っているところは、「もの」の「記号化」という図式にあてはまらないと思う。むしろ、「もの」が「記号」になる直前の、実体を取り払われた後の残像としての「イメージ」が描かれていると言ったほうが近いのではないだろうか。
機械的で遊戯的ではかなさを秘めている、といった極めて現代的なニュアンスを感じさせる残像としてのイメージは、しかしながら、画面の前から少し遠ざかると、とたんに表情をかえる。ディテールが消えると、描かれたものが明らかに「記号」に近づくのである。言い換えれば、画面は壁の一部に施された、もの静かですましていて、かたくなな表情の装飾模様に見えてくる。
これも鰕澤の作品の特色である。
こういった印象の差異を生み出す原因のひとつは支持体にある。画面を覗き込むようにしていた時は意識しなかった支持体が少し離れて眺めると、堅牢な石の直方体となって自己主張をはじめ、図像をその表面に閉じ込めてしまったかのような印象を与えるからだろう。しかしながら、そうして作品から遠ざかって眺めていると、今度は堅牢に思えた支持体の印象もまた変化する。つまり、それ自体で立体造形としての発言をしているのではないことに気づくのである。石の直方体は、図像が、「もの」と「記号」の中間に位置していたように、「平面」と「立体」の中間に位置しているように思えてくるのだ。「平面」と「立体」の中間というのは、もちろん比喩であって、実際には平面によって組み立てられた、いわば「平面的立体」といえば近いだろうか。これを作家は「厚みのある平面」と表現している。「方法としてのカッフェマッキナ」は、描かれた図像が「もの」と「記号」の中間であり、支持体が「平面」と「立体」の中間であるという、二重にニュートラルな性格をもった作品なのだ。
ところで、その中間的な性格はさておくとして、そもそも本来は人工の立体物であったものが、一度は完全な平面になり、再び立体に組み立てられて新しいイメージを生み出していくというプロセスは興味深い。このプロセスそのものに表現の意図を置いていると考えれば、支持体の表面に描かれた図像が、どこまでも2次元であろうとするかのように処理されるのは、再び立体に組み立てられて3次元に戻されていく変換の効果を、よりドラマチックにするための手段であると解釈することもできるだろう。
ここで私が興味をひかれるのは、再び立体化されて新しく生み出された新しいイメージの内容ではなく、むしろ立体ー平面ー立体という3次元と2次元の間を往復する変換のプロセスの方である。少なくとも「方法としてのカッフェマッキナ」は、新しいイメージの提示であると同時に変換する行為のおもしろさを見せる作品なのだと言えるだろう。だからエスプレッソの機械は、鰕澤のイタリア生活の象徴的イメージ、またはイメージの源泉であると同時に、次元を変換するプロセスそのもの、つまり「主題としての」ではなく、「方法としてのカッフェマッキナ」となりえるのである。

2.平面的立体からイメージの浮遊する空間へ
「方法としてのカッフェマッキナ」は、初期においては、ひとつの支持体でひとつの作品であった。そこでは、平面から平面的立体に組み立てられて生み出されたイメージが主題であった。また、そのイメージが新しさを獲得するためには、表面に描かれた図像が、外の世界に向かって蝕肢を延ばすように周囲の空間とかかわり始めたり、逆に立体内部に浸透していって、支持体自体がイメージ化するということが必要であった。それが達成され、カッフェマッキナが新しい物体として生まれかわることこそ、制作の最終的なもくろみであったように思う。これらのもくろみの内、図像が支持体の内部に浸透していき、その結果支持体自身がイメージ化する点では、鰕澤も確かな手ごたえを感じたであろう。ただしかし、オブジェとしての絵画は成立したが、それが自己充足的に完結してしまうことに、彼は満足しなかったに違いない。こうして、彼は、単体で独立していた作品を空間的に組み合わせて、さらなる展開を計ったのである。
インスタレーションの制作は、本質的に平面の作家である鰕澤には思考錯誤の連続だったかもしれないが、同時に自己発見の新しい場でもあったろう。それは単に、ミクロな表情の「方法としてのカッフェマッキナ」を、マクロの場に移しかえるという作業ではなかった。むしろ、描かれたイメージが支持体の内部を浸食する繊細な運動を、外の空間に向けて積極的の構成しょうとする試みであった。また、インスタレーションとしての展開は、「方法としてのカッフェマッキナ」が、単体では半立体の不安定さから逃れられない性格を持っていただけに、今となれば、必然の結果とも思えてくるのである。
彼のインスタレーションは、ある人に言わせれば「すかすかで物足りない」とか、「うすっぺらで軽い」となるだろう(特に会場全体を外側から見渡した時)。それは、構成要素となる支持体が、「剥がされた壁」のようにどっちつかずだからだろう。しかしながら、表面に張りついた繊細なイメージにとっては、支持体が露呈した不安定さは、かえって好都合なのである。私たちは会場の内部に入り込み、支持体の表面に描かれた図像を仔細に眺め、そこからインスタレーション全体に視線を巡らせて初めて、そこに見える複雑な空間がイメージを浮遊させる場であると気づくのだ。そして、個々の表面では、微細な揺らぎにも似たイメージの運動が、数多く重なり合って共鳴し、次第に大きな遊戯的運動をおこすのに遭遇するだろう。そこでは、「カフェマッキナ」のイメージが「もの」と「記号」を行きつ戻りつしながら、また支持体が平面と立体を行きつ戻りつしながら、楽しげな空間を形造っていくのである。
こうして、鰕澤のインスタレーションは、彼の言う「厚みのある平面」たちが浮遊する、機械的で遊戯的でどこかはかない残像の遊園地になる。それは現代生活のシンボルであり、また、うすっぺらな大地の、ほんの少し内外をうろつく私たちと、そんな私たちを「厚みのある平面」にしてしまう巨大な存在を連想させるかもしれない。